宮坂家の解体!
100年近くお世話になった、宮坂家の自宅の解体が始まりました。
「コロナ禍」の前から計画していた、宮坂家の新築がいよいよ具体化へ向けて動き出しました。
もう、20年前から周りの方々に、
「改築はもうやめて建て直したら・・・」
と言われていましたが
祖父の時代から大事に住んでいて、大切に暮らさなくては
と、頑張って住んでいました。
ところが、ここ数年 母が亡くなり父と三人となり
夏の猛暑、冬の寒波に耐えられなくなり、
父も 「寒い・暗い」と連発なさっていたので
「思い切って、建て替えますか・・・」と
ここ3年程前から 片付けをはじめました。
新築を待たずして父が亡くなり、寂しさも片付けで気もまぎれ
いよいよ借り住まいへの引っ越しの日
20年前に宮坂家にホームステイしていた
ダニエルが帰って来ました。
「お手伝いするよ・・・」と力仕事などなど
まるで、魔法のようにドンドンと運び出してくれました。
次男は 片付けに協力してくれた伊那の「グリーンファーム」のスタッフの方々(今回の解体工事屋さんも紹介してくれ、三年間の片付けに貢献してくださった)
への昼食をつくってくれました。
メニューは カレーにサラダ!
前日には、次男家族も集い、最後の宮坂家の食卓を囲みました。
10月の引っ越しから 二か月がたち
ようやく、小さなお家にも少しずつ慣れてきました。
2025年12月20日 17:16
2025年 師走
師走の入りました。
2025年は、コメ騒動で日本酒メーカーを脅かした年となりました。
山々での「熊騒動」も町中にまで出没。
大阪万博もありましたが、
宮坂家はそれどころではなく
大黒柱の、和宏父のお別れが、最大の悲しみでした。
「あと二年で、100才ですね」と笑いながら話していたのが数か月前
ベットからの転倒で、手術・入院となり
一か月半、日赤病院の皆様によくして頂いたものの
八月十五日 お盆で母が迎えに来たかのようでした。
数年前から、自宅の解体・新築を父も楽しみにしていらっしゃいましたが、残念でした。
悲しんでもいられず、思い切って
解体工事が始まり、一か月が過ぎました。
沢山の思い出の詰まったマルヒロ(我家の屋号)
孫が「やっぱり悲しくて、涙が出ちゃった」
といってくれ、私も胸がキュン、となりました。
2025年12月 4日 15:15
